大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)883号 判決

控訴人(被告)

有限会社茅ケ崎洗壜

ほか一名

被控訴人(原告)

久保好子

ほか一名

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人らは各自、被控訴人久保好子に対して金一〇〇万円及び被控訴人久保健二に対して金五〇万円並びに、これらに対する昭和五三年一一月三日以降各支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その二を控訴人ら、その二を被控訴人久保好子、その一を被控訴人久保健二の各負担とする。

第二項は仮に執行することができる。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、以下のとおりである。

一  被控訴人ら代理人の陳述

1  請求の趣旨及び原因は、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

2  控訴人らの抗弁事実中、後記二、2、(一)の前段は認めるが、その余の主張事実はすべて争う。

二  控訴人ら代理人の陳述

1  引用に係る原判決の摘示事実「請求の原因第一項及び第二項」(原判決三枚目―記録七丁―表二行目から同裏四行目まで)及び控訴人会社が本件自動車の所有者であることは認めるが、その余の被控訴人らの主張事実はすべて争う。

2  抗弁

(一)  本件事故に関しては、昭和五四年一〇月一六日に鎌倉簡易裁判所において、申立人久保きさ子、同久保尚美及び同久保真由美と相手方控訴人会社との間で、「(1) 申立人らの損害(慰藉料)額は一〇五〇万円であることを確認する。(2) 申立人らは相手方に対して、右金額中一〇〇〇万円は保険金として大東京火災海上保険株式会社からすでに受領済であることを認める。(3) 相手方は申立人らに対して、残金五〇万円を本調停の席上で支払い、申立人らはこれを受領した。(4) 申立人らと相手方間には、この条項に定めるもののほか、互いに何らの債権債務がないことを確認する。」との内容の調停が成立した。

ところで、きさ子は亡稔の妻、尚美及び真由美はその子であり、被控訴人らは、右の調停における当事者とはなつていないが、調停成立に際しては、いずれも調停の場に出席して、その納得の上で調停が成立したものであるうえ、保険金一〇〇〇万円の受領については、被控訴人らは、きさ子に一切の権限を委任しているもので、右調停においては、実質的に被控訴人らの慰藉料をも含める趣旨での賠償額が算定されており、被控訴人らも含めた全員でこれを分配することは、申立人らのみならず、調停に同席していた被控訴人らも了承していたものである。

(二)  控訴人片平は、本件自動車を運転してバツクさせる際、亡稔が車両後部右側で右手を振り、誘導のために出している声に従つて、低速で後方を十分に注意しながらバツクさせていたところ、ターミナルホームの三〇センチメートル手前になつて急に亡稔の姿が車両後部に隠れて運転席から見えなくなり、同時に叫び声がしたため、直ちにギアを変えて前進したが間に合わなかつたものであるが、その間亡稔の動きに十分注意し、その指示に従つて運転しており、運転助手の経験も長い亡稔が自己の生命、身体に危険を招く誘導をしてかかる事故の犠牲になるということは予測しがたいことであつた。以上のとおり本件事故はむしろ亡稔の過失により発生したもので、同控訴人に過失はないというべく、仮に同控訴人に過失が存するとしても、本件事故発生の最大原因は、亡稔の誘導ミスにあり、亡稔の右過失は本件慰藉料額の算定について十分考慮されるべきである。

三  証拠〔略〕

理由

被控訴人らの主張事実中引用に係る原判決の摘示事実「請求の原因第一項及び第二項」(原判決三枚目―記録七丁―表二行目から同裏四行目まで)は当事者間に争いがない(本件事故の発生)。

本件事故当時控訴人片平が運転していた大型貨物自動車(相模一一か五三六六)を控訴人会社が所有し、その運行に供していたことは、同控訴人の認めて争わないところであるから、同控訴人は、自動車損害賠償保障法三条の規定により本件事故によつて生じた損害を賠償する責に任ずべきである。

また、控訴人片平は、右貨物自動車を運転して後退させる際、後方を十分確認し、かつ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない注意義務があるにもかかわらず、これを怠つた過失によつて当時右車両の後退を誘導していた亡稔を右車両と積載卸しターミナルデツキとの間に挟んで同人に対して全身打僕及び外傷性シヨツクを与え、よつて死亡させたものであることが本件弁論の全趣旨により認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はないから、同控訴人は、民法七〇九条の規定により本件事故によつて生じた損害を賠償する責に任ずべきである。

そこで、本件事故によつて生じた損害として、被控訴人らは、民法七一一条の規定により亡稔の生命侵害に対する慰藉料を請求するものであるところ、成立に争いのない甲第六号証、第七号証、乙第一号証、当審証人前田司郎の証言により真正に成立したと認める同第五号証から第一七号証まで、当審における証人前田司郎の証言、控訴人会社代表者三留大吉、被控訴人らの各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、亡稔は、訴外中村進と被控訴人好子との婚姻中その長男として昭和二九年一二月一二日に生れ、昭和三四年に両親が離婚したことから、一時父中村のもとで養育されていたが、昭和三九年いらい母の被控訴人好子に引き取られて監護教育され、昭和四九年一二月にきさ子と婚姻するにいたるまで被控訴人らと同居していたこと、被控訴人健二は、昭和四一年一〇月に八つ年上の被控訴人好子の再婚の相手として婚姻し、昭和四二年一月に亡稔と養子縁組をしていらい、被控訴人ら共同で亡稔の監護教育をはたしていたこと、亡稔の本件事故死亡により、その妻きさ子(昭和二七年一二月一六日生)、長女尚美(昭和五〇年一一月二六日生)及び二女真由美(昭和五二年九月一九日生)は、労働者災害補償保険法にもとづく遺族補償年金を受給されることとなつたほか(年金額一二九万七九四〇円)、控訴人会社から慰藉料として一〇五〇万円の支払いを受けたこと、同控訴人は亡稔の使用者として本件事故死亡に伴う亡稔の葬儀一切の法事をまかない、その費用額一二一万九八〇〇円を負担したこと、右の慰藉料一〇五〇万円の支払いは、きさ子ら三名の申立にもとづく調停の成立によつておこなわれたものであるが、きさ子ら三名の母子と並んで固有の慰藉料の請求権者である被控訴人らが、右の調停事件の当事者として又は利害関係人として参加する機会があつたにもかかわらず、いかなる経緯によつてか(当審証人前田司郎の証言及び同証言中に引用される乙第三号証の一から三までによると、右の慰藉料額一〇五〇万円の内一〇〇〇万円は、いわゆる対人自動車保険の保険金一〇〇〇万円の支払いによるものであるところ、その保険者たる大東京火災海上保険株式会社の担当者尾形四男ときさ子ら三名の調停申立代理人弁護士岡村大との間における意思連絡ないし疎通が十全でなかつたことのほか、控訴人会社を代理する弁護士が欠けていたことなどの事情が重なつて、ことさらに被控訴人らを疎外したような当事者関係で調停が成立したことが窺われる。)、被控訴人らの参加をみずして調停を成立させたことを認めることができ、右の認定に反する証拠はない。以上の認定事実によれば、亡稔の本件事故死亡により被控訴人らがこうむつた精神的損害について、被控訴人好子に対して金一〇〇万円、被控訴人健二に対して金五〇万円をもつて慰藉するのを相当とする。

控訴人らの抗弁事実(前記「事実欄」二、2、(一)及び(二))については、これを肯認するに足りる証拠はみあたらない。控訴人らの主張する右抗弁は採用しがたい。

以上のとおりであるから、被控訴人らの控訴人らに対する請求は、控訴人らが各自、被控訴人好子に対して慰藉料金一〇〇万円及び被控訴人健二に対して慰藉料金五〇万円並びに、これらに対する本件事故時である昭和五十三年一一月三日以降各支払済に至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべきことを求める限度において理由があるから、これを正当として認容し、その余の請求部分は理由がないから、これを失当として棄却すべきである。

よつて、右と異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田宮重男 中川幹郎 真榮田哲)

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